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いろどり

まさか、30代で甲状腺がんになってしまいました。その日々の記録です。色んな人のブログで勉強させてもらったので、このブログももしかしたら誰かのためになるかも!!

術後のこと 6日目

朝、先生からお話がありました。

 

まず良い話から。

痺れもないし、カルシウムの値も調整出来ている。

明日には退院出来そうだ。

 

次に悪い話。

手術の結果、肉眼的に見てもリンパ節に転移があった。

反回神経にも浸潤があった。

甲状腺全摘したが再発リスクが高く、ヨード内服治療を勧める。

 

ということでした。

ただし、ヨード内服の治療をするには一年間妊娠出産が出来なくなる。

私は妊娠可能年齢なので、そこのところを主人とも相談してほしい、

とのことでした。

 

術前の説明でも治療の可能性について少し聞いていたので、

もしかして、、とは思っていましたが、

手術が終わって回復してきて退院が決まって、すごく嬉しいはずなのに、

そこにヨードの話が出て、、

複雑な気持ちになったのでした。

 

お見舞いに来てくれた主人と相談し、

妊娠出産計画よりもまずは私の身体に必要な治療なら受けた方が良い、

ということで、とりあえず明日放射線治療科を受診してみる事に。

 

そして、そんなテンションじゃないけど、

明日午後に退院しますよー

術後のこと 5日目

朝から採血。

カルシウムの値は若干低いとのことですが、、

これから一個だけ残した副甲状腺の機能が復活してくると

見越しているらしいので、この値でセーフ☆らしいです。

 

今日も元気なので

院内をウロウロしたり、本を読んだり、

ラジオを聴いたり。

 

入院前からテレビをあまり見ない私。

テレビカードってものを購入したものの、、、

ほとんど使ってないです。

どうしてもみたい!ってテレビもないし^^

術後のこと 4日目

体調良好。

シャンプーして髪の毛もサラサラ良好。

院内をうろうろする元気も出てきました。

あとは、反回神経麻痺、かなぁ。

相変わらず水(とろみはなくしました)でむせること、

声が出にくいこと。

これで仕事出来るんだろうか。。。?

採血でカルシウムの値が調節出来れば、退院のめどがたつそうです。

 

○カルシウムの値の重要性○

甲状腺の手術の際、

甲状腺の裏側にある『副甲状腺』を一緒に摘出することになったり、

手術によって一時的に血流が悪くなり、機能が落ちることがあるそうです。

副甲状腺は左右上下に4つあり、私は左の上1つだけを残している状態です。

副甲状腺からはカルシウムを調節するホルモンが出ており、

機能が落ちてカルシウムが不足すると、、

手足がしびれてひどいと全身の筋肉がけいれんするテタニーが起こります。

逆に副甲状腺の機能が保たれているのにお薬でカルシウムをとりすぎると、、

カルシウム代謝のために腎臓に負担がかかり進行すると腎不全に陥ったりします。

なので、どのくらい機能が落ちるか、いつその機能が戻るか、その人によってバラバラなので、調整がとても難しいんだそうです。

術後のこと 3日目

段々元気になってきましたよー。

看護師さんにお願いして、おかゆを柔らかめのご飯に換えてもらえました!!

そしてなんと、首のドレーンが抜けました!!!

首から下のシャワーが出来ました。

点滴のルートも外してもらい、

明日には5日ぶりにシャンプー出来る事に。。感激です。。

 

自分が元気になってくると、

やはり、周りに負担をかけていることを思います。

 

家事を代わってくれている実家の母。

仕事しながら育児を代わってくれている主人。

今まで離れたことなかったのに、母親のいない毎日を過ごしている娘。

実家の母に手伝いに来てもらっているので、実家は父と祖父母だけとなり、そこにも負担がかかっています。

残業や当直が出来ないことで主人の職場にも負担がかかっていることでしょう。

 

皆さん、ごめんなさい。ありがとう。

術後のこと 2日目

元々おかゆが苦手な私。。

むせがひどかったので、おかゆを出されていたんですが、

やっぱり苦手。

でも元気になる為に、と思って必死に食べていました。

微熱が続いてだるい感じはあったけど、

昨日から比べたらだいぶ楽です。

とろみのついた水なら飲み込む事も少し慣れてきました。

私、意外と適応能力あるじゃないか!

自画自賛

首のドレーンと、点滴の管が早く抜けたら良いなぁ。

術後のこと

手術翌日。

動いてはいけない、眠れないながーーーーーーーい夜が明けて、

6時頃、だったでしょうか。

夜勤の看護師さん(暑い寒い痛い、という訴えを聞いてもらい、体交とか本当にお世話になりました。)が来て、

「起きて座ってみましょう。」

「起きて良いんですか?(やった!)」

喜び勇んで自分で起きようとしましたが、、

‥……んーーー………首が持ち上がらない………

「自分では起きるのは難しいと思いますよ。ベッドの背もたれ起こすんで、座って水を飲んでみましょう。」

飲水テスト、というやつでした。

スポイトで水を口に入れて飲み込んでみます。

喉が渇いていたので嬉しくて、ごくっ、と飲みましたが、

すぐに激しい咳き込み。

これが反回神経麻痺ということなのか、とすごくショックでした。

「下を向くと飲み込みやすいかもしれません。」

とのことで再度チャレンジ。

違和感はあったけど、むせずに飲み込む事が出来ました。

でも、すぐにむせてしまうので、水やお茶も「とろみ」を付けて一口ずつ俯いて飲む事になりました。

 

朝ご飯が出ました。

一日絶食していたのでお腹がすいていたのですが、

二口目くらいで吐き気が、、、

普段食い意地が張っていて、食事を抜いたことがない私にとっては、

食べられない、飲めない、という事実は本当にショックでした。

 

ショックばかりじゃなく、良い事もあり。

導尿が抜けました!

先生の付き添いのもと、自分で歩きました!

手術創を覆っていた重たい圧迫を外してもらえました!

術着を脱いで身体を拭いて着替えしました!

 

少しずつ、少しずつ、軽くなっていくのを感じていました。

昼前に家族が面会に。

娘も会いにきてくれましたが、首にガーゼが付いているし、

点滴しているし、水飲んでむせるし、

こんな母親をみてショックだったかもしれません。

でも皆が千羽鶴を折ってくれていたんです!!

4歳の娘も折ったとか。

糸に通す時間がなかった、ということで袋詰めにされてましたが。。笑

皆応援してくれてるし、頑張ろーと思う一日でした。

手術

朝、少し重たい目覚めでした。

6時頃までは水分OKだったので、目覚めにお水を飲んで

歯磨きをして、

あとはのんびりしていました。

家族が来て、術衣や血栓防止ストッキングの着替えを済ませ、

8時半、歩いて手術室へ。

もうあとは、

 

まな板の鯉

 

点滴の針を一回失敗されたのがすごく痛くて、

違う先生が刺し直したところまで覚えています。

次目が覚めたときは手術が終わっていました。

予定より長く、14時までかかったそうです。

 

そしてそこから次の朝まで、

息が苦しい、動けない、寒い、暑い、痛い、

の苦しみが続きました。

この時が一番辛かったなぁ。。

入院

いよいよ入院の日。

朝、保育園で娘とバイバイのとき、

少し寂しい気持ちでした。

またね、と思いながらも何度も振り返ってしまいました。

 

一人で荷物を抱えて入院。

初めて担当医の先生に会いました。

術前のエコーなどの検査を受けたり、病棟の説明を聞いたり、

入院してしまうと時間はたくさんあり、ゆっくり過ごしました。

夜、執刀医の先生から手術の説明。

主人と父に付き添ってもらいました。

このとき初めて術式や合併症、後遺症のことについて説明を受けて、その日のうちに同意書にサインするわけです。

リスクについては怖いこともたくさん書いてあります。

もう私はすべてお任せするしかない状態でしたが、

もし何か手術について選択しなければならない、とか

説明に納得いかない部分がある、

という状況だったら、前日に聞かされても、、、ですよね。

やはり手術については前日じゃなく、少し考える時間がある方が良いと思いました。

 

この日の夜中0時以降は絶食、

眠りの浅い夜を過ごしました。

手術日の決定

病院から電話がありました。

 

1月12日木曜日に入院

1月13日金曜日に手術

10日間の入院予定

 

このまま年明けまで日程が分からなかったら嫌だなと思っていたので、

とりあえず決まって、気分は少しすっきりです。

年末年始は穏やかに、ゆっくり過ごそう。

紹介受診

クリニックから手術を受ける病院に紹介してもらい、

主人に付き添ってもらって耳鼻科を受診。

待ち時間はそんなになく、診てもらえました。

○右側の甲状腺にしこりがあり、細胞診でがん細胞が出ている。

○術式はこれから決まるが、半分だけの切除でいけるかもしれない。

○腫瘍が甲状腺の下の方にあり、反回神経に絡んでいるかもしれない。

○リンパ節も腫れているので、エコーの検査を追加する。

などなど、、の説明を受けました。

 

日程は後日決まるらしいですが、年明け1月の半ばくらい?だそうです。

でも先生が担当する訳でもないらしく、

日程も術式も主治医も分からないまま、

本当にすべてすべてお任せします!

という感じでした。